« パグのモモ 2 | トップページ | 馬頭観音 »

2007年3月15日 (木)

ネコネコネコ 思い出の情景

 そこは、ネコだらけの一画でした。

 数年前、住宅街の中に当時私の職場があり、その出入り口前に奥のお宅へ一本の細い道が通じていました。そことは、そこのことです。常に5~6頭のおとなのネコと、「また生まれたか」という子ネコが集まっていました。

1_1  このネコたち、奥のお宅のかたが食事を与えていたので、当初はそこの飼いネコたちだと思っていたのですが、それにしてはどうにもネコの数が多い。きけば、どうもそのお宅のかたは、ノラネコを見捨てられずに食事をやるようになっただけのようでした。その結果、さらにネコが集まり、増えつづけていたのです。

5_1

2_1

3_16  ここのネコたちは、美しいのやら、目つきのわるいのやら、かぼそそうなのやら、しなやかそうなのやら、こうした子たちに囲まれた職場は、ネコ好きにとっては、天国でもありました。

7 でも、これだけいると、病気も蔓延しやすく、ある日目の具合がわるい子をみたと思ったら、その後つぎつぎと同じように目を病むのがでてきて、奥のお宅のかたが順ぐりに病院に連れていっているようでしたが、病気はおさまりませんでした。

 奥のお宅のかたも優しいかたで、無償の行為としておこなわれていたのでしょうが、食事をあたえれば、そこの飼いネコとみなされます。そうなると、いろいろな責任もかかってきます。

 病気の世話もそうですが、子ネコが生まれつづけるのも、たいへんなことです。これだけネコがいるのに、避妊や去勢といったことはまったく行われていないようで、よくこれでほかのご近所から苦情がでないなと心配になりました。

 つぎつぎと子ネコのかわいい姿がみれるのは、とっても幸せな気分になります。この子たちがじゃれあっている光景は、なんともほほえましいものです。この情景をいつも見ていたい、永遠につづいてほしい、そう思うのは、ひとのよき情でもあるでしょう。

 でも、人間中心となっている現代社会では、それではすまなくなっきます。ネコだけを見ているわけにはいかないのです。ノラの面倒をみるのなら、中途半端では、結局ネコたちもかわいそうなことになってしまいます。やさしさだけでは、彼らのいのちを守ることはできないのです。手をさしのべるなら、自分の人生や生活をなげうつ覚悟も必要でしょう。

 わたしの職場は、まもなく別の場所に移転しました。そして、1年後のことです。

 ネコの天国は、消えました。

 移転先の仕事場でいっしょに仕事をしていたスタッフのひとりがもとの作業所に社用でいくことになり、そのひともネコ好きのかたまりであったので、御用よりも「ネコたちのようすをみてくる」といって、久しぶりにかれらと会うのを楽しみにしてでかけていきました。

 しかし、戻ってきたときの顔は、うちのめされたものでした。

 ネコだらけだったあの場所にネコの姿はまったくなく、たまたま奥のお宅のかたがでていらしたので、「久しぶりにネコたちに会いたかった」と伝えると、「ほとんどいなくなった」と教えてくれたそうです。そろってどこかへ行ったのではなく、死んだというのです。

 なにかの毒にやられたらしい、とのことでした。

 かつてなじんだあの子はそこで、子ネコたちに優しかったメスネコはあそこで、どの子はあっちで、この子はむこうでと、ある日、みんなみんなあちこちで倒れて死んでいたそうです。その死にざまは、思い浮かべるのもつらいものです。

 仕事の合間になごませてくれたネコたち、写真のモデルになってくれたネコたち、人間になつき、信用するようにもなっていたあのかわいい子たち、その子たちがまかれた毒を口にして苦しんで死ぬとは。

 「どこのどいつが」とめちゃくちゃ腹を立てましたが、犯人は不明で、心配していたことが、こんな極端な形で現実になってしまったことに、自己嫌悪にも陥りました。集まっているネコへの苦情は、こちらの耳に届かないかたちで、これまでにもさんざんやってきていたにちがいありません。

 やっぱり、ネコだらけの状態を苦々しく思っているひとがいないわけはなかったのだ。

 なぜ、奥のお宅のかたとも話しあって、もっとネコたちを守ってやろうとしなかったのか、と。

 世の中、動物好きのひとばかりではありません。でも、そうしたひとたちも、ほとんどは頭がさがるほど身近な動物の存在にも辛抱してくれているものです。であればこそ、動物好きの側はそのことをもちゃんと認識して、知恵をしぼり、やるべきことはやって、協力しあってなんとかみんなが共存できる環境をつくっていく努力をすべきなのではないでしょうか。それを怠ると、ときにこんな悲劇がおきる。そしてそれは、この場所だけのことではなく、あちこちでおきていることでもあるのです。こんな「とんでもないこと」をするのも、人間のもつ業のひとつなのでしょう。その結果、通りすがりの関係のないイヌや鳥なども被害を受けるのです。そしてそれは、人間自身にもおよんでくるでしょう。ノラネコを不憫に思い手をさしだすのなら、そこまでの予想や覚悟も必要なのです。罪なきものに、害をおよぼすことがあってはならない。人間同士のトラブルは、人間のあいだでおさめなければ。

 この件は、わたしにつくづくとそう思わせました。

 ペットのトラブルは、ほとんど人間のありかたによるものです。ネコはネコとして生き、イヌはイヌとして生きようとしているだけ。それをめぐってペットたちがひどい目にあうのは、理不尽です。問題は、かくいう自分をも含めて、人間の側にあるのです。

21  22狙って。

そっと近づき。Photo_2

とびついて。8_1

うるさい、と怒られる。

4_1 この子たちは、もういない。

そして、きみたちのことも、決して忘れない。

         

にほんブログ村 猫ブログへ

|

« パグのモモ 2 | トップページ | 馬頭観音 »

「ペット」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/247234/5698219

この記事へのトラックバック一覧です: ネコネコネコ 思い出の情景:

« パグのモモ 2 | トップページ | 馬頭観音 »