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2007年5月26日 (土)

ミャア・シャア・グル

Photo_17 うちのネコたちの話のつづき。

ネコのクロがいなくなった直後、ある朝、裏庭から子ネコの声がした。ラックはほえるでもなく、ミャアは丸くなって寝ていたと思う。声のする場所を追ってみると、庭の奥の茂みに、小さな2匹の子ネコが並んでいた。必死になって、鳴いていた。

「なんで、ここのところネコづいているのだろう」と首をひねった。実は、このちょっと前にも気づくと1匹の子ネコが庭にいて、しょうがないので面倒をみるかと思っている間に、その子はどこかへ行ってしまったということがあった。たてつづけに、自分の前にネコがあらわれる。

あるひとが言った。「この家にネコがいるのをみて、ここに捨てればきっと飼ってくれるだろうと、捨てていくひとがいるんだ」と。

そういうひとは、川に捨てたり保健所に連れて行くよりも、優しい行為をしたつもりなのだろう。

しかしそれは、自分の責任をひとに押し付け、やりたくないことをひとにやらせようとしているだけで、卑怯な行為と言わざるを得ない。命を捨てていることにはかわりないのだ。

うちだってネコ嫌いの母が騒ぐなか、ほかに里親を探すからということで、しばらく置いてあげることにしたものの、「まいった」のひとことだった。実際に学校の掲示板に「里親求む」と書いたものの、そんなものがみつかる気もせず、結局はそのまま飼うしかないだろうと決めるしかなかった。

写真は、ミャアと、白黒の子がやたら威嚇の声をだすので「シャア」と名づけた子、そして黒いのがいつものどを鳴らしていたので「グル」と名づけた子だ。ピントがあっていない写真だが、3匹がそろっているのは、この1枚しかない。

3匹は仲よさそうにみえていたけど、ミャアは子ネコたちの存在がうっとうしかったらしい。ずっとうちの庭にいつづけたネコだったのが、この写真を撮った直後から、どこか外へ出て行くことが多くなった。そして、たまにしか帰ってこなくなり、その後まったく帰ってこなくなった。ときどき、夜、ラックの散歩中にミャアの声を耳にし、探しまわったあげく、やっとこさみつけて抱きあげて連れ帰るのだが、家にいれてもらえない状態なので、庭のタオルをしいたダンボールに寝かせておくのだが、扉があるわけでもなし、ミャアは朝にはまた姿を消していた。

やがて、半年もミャアの姿がみられなくなったある夜、やはりラックの散歩をしていると、「ミャアア」と鳴いてよろよろと寄ってくるネコがいた。ミャアだった。足を怪我していて、まともに歩けないようだった。すぐに連れ帰り、このときばかりは家の2階の自室にまで運びこんだ。誰にも文句はいわせないつもりだったが、誰も文句はいわなかった。

翌朝、ミャアは後ろ足がまともに動かないながら、上半身だけを動かして、窓の外、ベランダに向かって「出たい」とばかりに鳴きさわいだ。この状態だと、まさかベランダから下には飛び降りられないだろうと思い、わたしは窓を少しだけあけて、外の風をいれてやった。

そして、獣医さんに連れていかねばと考えつつ、ちょっと目を離していたすきに、まさかが起きてしまった。

ミャアは消えた。そして、それっきりだった。

ネコは外を自由に活動するもの、そういう飼いかたが普通の時代だったし、いまでも、そう考えているひとが多いようだ。

でも、現代社会の状況を考えれば、それは、改めねばならない思い込みであろう。

ミャアはなぜ怪我をしたのか、そして、つぎに訪れるシャアとの別れを思うとき、つくづくとそう考えさせられる。

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