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2007年8月15日 (水)

わたしの特別な書棚から-専門書紹介-(21)

考古学関係

縄文時代の考古学 6 (6) Book 縄文時代の考古学 6 (6)

販売元:同成社
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シリーズの2回目配本が、やっと出た。

先に『ものづくり』というサブタイトルであることを知り、これまでの同類の本で、「縄文時代」、「ものづくり」とくれば、たいがい縄文土器製作とその施文方法についての話ときまっていたので、今度もまたそうだろうと勝手に決め込んでいた。そして、その場合の他書もいくつか考えていたのだが、本書を開いてみて、まったく違ったことに驚くとともに、ちょっと嬉しかった。

本書は、縄文土器については、ほとんど記載されていない。まあ、土器については他の巻でやるのだろうが(刊行予定をみると、第7巻かな)、この『ものづくり』で取り上げられているのは、石器を主体とし、これまであまりまとまった記載のされていない骨角貝製品を対象としている。

日本の考古学は有名な大森貝塚の発掘を主導した自然科学者の活動から始まり、縄文人骨収集の狂奔時代があり、その後縄文時代に関しては、土器の施文方法やら時代変遷を追う作業(編年という)を中心にして研究が進められてきた。

わたしの学生時代などは何々式の特徴はどうでこうで、というややこしいことをしきりに勉強させられたものだ。しかし、それがさらに細かくなるにつれて、土器は出土遺跡ごとに細分されるような展開になり、よく「このままじゃ、1遺跡、1型式になるぞ」などともいわれたものだ。

それが昨今、こうした編年中心、そればかりやってる感のある考古学のありかたに疑問をもつものも多くなり、そんな既存の考古学に嫌気がさし、これまでの考古学とは別の新考古学を樹立しようとする動きまで出始めたようだ。

土器は、過去の社会や生活、ひいては人間そのものを考察するためのひとつの要素である。わたしが専門としている動物遺体などもその要素のひとつなのだが、考古学の世界では、ともすればわたしの分野など、「考古学じゃない」といわれることも多い。そういう状態に長年むかむかしつつ、黙っていれば捨てられてしまいかねないイワシの骨やらアジの鱗をも資料としてふんばってきた。考古学は、土器だけでおわっていいものではないのだ。

ここ数年、石器の研究者が地道ながら目覚しく研究を進めているなとは思っていた。木製品や骨角貝製品についても、あまり目立たないながら、着実に成果をあげてきたのだろう。それが、やっと土器中心ならぬ本書という形になったのだろう。本書に記載されていることについては、これからじっくり読ませてもらおうと考えているが、なにはともあれ、考古学がまた面白くなってくるかもしれない。

ただ、考古学の専門用語の面倒くささは、もっとなんとかならないものかと思う。博物館に展示されている遺物の名称記述で、日本語では漢字だらけのわかったようなわからないようなものなのに、英語表記ではまことに簡略だったりする。こうしたことが、一般のひとがとっつきづらい要因になっているのでは。まあ、自分は学者が偉そうな顔しているのが気に入らない性質なもので、こうしたことは、また機会があれば、ひとりぶつくさいってやろうと思っていますが。

というわけで、今回はこの本一冊だけの紹介です。

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