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2007年9月

2007年9月28日 (金)

パグ絵番外・横綱審議パグ

Yokozunashingipug

描いているうちに、思いっきり遠慮してしまった。

一時期の、テレビでの朝青龍バッシングにうんざり。

療養地の「ホジルト」という言葉が出るたびに、

「鼻をほじると」とつぶやきつつ、

こんな絵を描いてしまいました。

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2007年9月26日 (水)

わたしの特別な書棚から-専門書紹介-(25)

跋扈する怨霊―祟りと鎮魂の日本史 (歴史文化ライブラリー 237) Book 跋扈する怨霊―祟りと鎮魂の日本史 (歴史文化ライブラリー 237)

著者:山田 雄司
販売元:吉川弘文館
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ずいぶん前に、正確な書名は忘れてしまったが、民俗学者か言語学者が聞き取り調査をまとめた「アイヌ伝承」に関する本を読んだことがある。そのなかに、かつて、いまのように医学が発達していなかった頃、当時のひとにとって謎の死(なんらかの病気だったのだろうが)を集落のひとびとが異常な死ととらえ、集落全体が呪われたものと考えた結果、その集落を廃して別の地にそっくり移転してしまったという話があった。これを読んだとき、考えたものだ。

発掘調査で確認される縄文時代の集落跡でも、その後も同じ地で弥生、古墳時代、古代と集落が営まれたとしても(これを複合遺跡という)、ずっと代々その土地を受け継いできたわけではないだろう。たいがい、どこかで断絶がある。なぜ、そうしたことがおこるのか。それが、ほんの一時期だけの集落跡ならば、なぜ一時期だけなのだろうか。そこに住んでいたひとびとは、どうしてその集落を捨てることになったのだろうか。自然災害でもあったのなら、その痕跡は確認できるだろう。それもないとしたら、なぜ。

こうした場合、考古学者は、気候変動がそれまでの生活を維持できなくさせたためとか、異文化の進出によってそれまでの住人が追いやられたとか、そんな理由を説く。

しかし、前述のように、その土地が「呪われた」と考えての移転ならば、そうした概念の進入を認めない考古学者、歴史学者には、解答を出せないことになる。

以前にも書いたと思うが、とくに中世以前においては、ひとびとの暮らしには、霊だ、怨霊だ、神だ、といったものが、日常生活についてまわっていただろう。現在だって、だれがどんだけ否定しても、そうしたものはひとの心に残りつづけている。実際にそうしたものが存在するかどうかではなく、ひとがそうしたものを信じていたことが重要なのだ。その心性を理解することが大事なのだ。

本書の著者はもともと「心霊写真が好きで」などと「あとがき」で学者としては勇気ある告白をされているが、のちにこうした精神世界に属することを研究テーマにすると、指導教授に「学問は正道をいけ」と諭されたそうである。しかし、歴史におけるひとびとの暮らし、社会を探るには、こうしたことの研究は、大正道ではないだろうか。

本書は古代、中世の名のある人物の怨霊伝説について、さまざまな文献を通して追求している。そして、それが古代、中世社会を構成する、重大要因であったことも説かれている。

こうした研究は、もっと正道のものとして取り組まれねばならないと思うし、本書では歴史的人物を扱っているが、民衆の生活においては、もっとさまざまな話があるだろう。それをどう探っていくかはなかなか難しい問題だが、こうしたことをはなから除外していては、本書にもあるように、血の通ったひとの歴史は見えてこないだろう。

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2007年9月22日 (土)

わたしの特別な書棚から-専門書紹介-(24)

理系の視点からみた「考古学」の論争点 Book 理系の視点からみた「考古学」の論争点

著者:新井 宏
販売元:大和書房
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思わず買って、すぐに読んでしまった。

著者も本分で書かれておられるように、考古学とは人間の生活全般を相手にするものだけに、さまざまな分野からの参入が可能―いや、必要な学問である。各種遺物や遺構の分析が年々細かくなり、考古学者ひとりひとりが専門領域だけでていっぱいになってきている反面、それを綜合し、専門領域を超えた広い視点をもたねば考古学上の課題は解けないとする批判もあり、昨今はさかんに学際的研究が求められている。ただ、その呼び声は大きくても、なかなか実現に至らないのが現状ではなかろうか。わたしの動物遺体分野でも、ともすれば「予算がない」とか、「興味がない」とかで、考古学調査から疎外されることが多いのだ。

まして、他分野からの参入には、結構学会は冷たい。「素人がなにをいうか」と思っているか、専門外のことはわからないからと、あえて沈黙を守っているかなのだろう。

本書の著者は、金属関係の専門家とのことで、文系の考古学者にはとてもついていけないような専門的分析をもって、現在論争になっている考古学上の課題に挑戦しておられる。

「三角縁神獣鏡問題」、「弥生年代遡上問題」、「古代尺問題」、「金属考古学の諸問題」

これが本書にとりあげられているテーマだが、かねてより製鉄が行われなかったとされているの弥生遺跡からちょくちょく鉄滓が出土し、よく検討もされずに「弥生の遺跡から鉄滓が出るはずがない」、「なにかのまちがい」、「後世の攪乱による混入」と簡単にすまされていたことに、「それでいいのか」と考えていたわたしとしては、「弥生時代には本当に製鉄が行われていなかったか」の項目は、とくに興味深いものだった。そして、もっと専門的分析が必要だということも。

昨今の考古学者は、業績をあげるためか、理系からの都合のいい提示には、よく調べもせずにとびつく傾向があるのではないか。そして出した結論に都合のわるい反論がでると、無視する傾向が強い。

かつて古人骨の専門家が、「考古学者は人骨が出ると自分らにまかせっぱなしにするが、それも考古資料である以上、少しは自分たちでも勉強しろ」と苦言を呈されていたが、まさにその通りだろう。

ひとつの遺跡を解釈しようとするなら、その考古学者は、すべての遺物、遺構、諸科学分析を綜合してかかる必要がある。諸科学だけ別物として切り離していいわけはなく、その点、発掘報告書でも自然科学分析などはよく「付編」などとして本文のふろくのような扱いをしているが、それは姿勢として間違ったものである。このことは、ずっといいつづけているが、誰もきいてくれない。

そういえば、縄文時代の漁労について考えていたとき、ほんものの漁師さんの視点だと、どういうことになるのだろう、机上論でものいう学者とは、まったく違う意見がでるのではないか。漁師の考古学者がいたら、画期的な研究ができるのだろうな、などと思っていたこともある。

専門外・アマチュア研究者の言に冷たいのは考古学ばかりではないのだろうが、専門の世界にいると頭がかたくなってしまうのだろう。だから、画期的な発見などというものが、往々にしてアマチュアの手によることが多かったりするのだ。

もっといろんなひとが参入して、学問を自由にしなければならないと思うのだが。

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2007年9月19日 (水)

パグ絵・大草原の小さなパグ

Daisougennochiisanapug_2

「大草原の小さなパグ」

小さすぎて 、なんだかわからない。

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2007年9月15日 (土)

「すみれ」天国へ

わが愛しのペットたちの思い出を書き続けながら、なんだかかれらが死んだ話ばかり書いているようになってしまった。こうした場に平穏に過ごした何年ものことを書いても、読んでくださるかたには退屈だろうし、なんとも長いだけのものになってしまう。それ以上に、一頭一頭との死別というのが、つねに最大の衝撃として心に残りつづけているのだ。

新しい生命との出会いは喜びで、死別は身をきられるほどの悲しみ。とくにその後者をどれだけ真正面から受け止められるか、それが生命とむきあう上での重要課題となるのだと思う。

よく、「生き物は死ぬからいやだ」といわれるかたがいるが、死とむきあえなければ、生命ともむきあえない。われわれは、いくつもの死をのりこえながら、すべての生命に対する心、おのが身のありかたなどを学んでいくことになるのだろう。

さて、「すみれ」のことである。

クリスマス間近の頃、わたしも越してきたばかりの広くもない部屋の一角に、キラキラしたクリスマスの小物やカードを飾るコーナーをつくっていた。ツリーも置いたが、松ぼっくりだのリンゴだの、ネコが遊ぶにはもってこいのオーナメントがいっぱいあっても、「すみれ」は手を出さなかった。あいつは、ずっとそういうやつだった。

そしてイブを目の前にしたとき、なにかと忙しくて外出が多かったわたしは、外出先でも頭痛がしたり、寒気がしたり、めまいがしたり、「もう、これはたまらん」という状態で夜に帰宅した。年末までにやるべきことは、とりあえずやりおえた。これで休める。そう思って室内に入ると、まずはともかく「すみれ」のトイレをきれいにしようとした。ふとんに倒れこむ前に、「すみれ」の世話だけはしておかなければ。その日、最後の力をふりしぼる感じだった。

トイレ砂の上に、小さな赤いしずくがたれているのが目に入った。

とっさに、血尿だ、と思った。

ネコ、とくに雄ネコの血尿は腎機能に重大問題あり。即、病院へ。なにかの本にあったことが頭に浮かぶ。だが、わたしは動けなかった。座り込み、寒気がひどいので近くにあった毛布をかぶると、そこからまったく自分の体の機能が停止してしまったようだった。

「すみれ、ちょっと休ませて」そういって「すみれ」をみると、「すみれ」はなにもなかったように先にあげたごはんを食べている。

「ごめん、今日はもう動けない。明日、明日病院へ連れていくからな」

小さな声でそういうと、わたしは目を閉じ、体を横にした。

翌朝、わたしの熱は40度になっていた。とても、起きられなかった。その夕方、熱は40度をこした。「すみれ」にごはんをあげに動くが、なんだか雲の上を歩いているような感じ。意識が朦朧というより、体が朦朧としているようだ。「すみれ」は元気なく、部屋のすみで丸くなっている。

さらに翌日、熱は下がらなかった。下がりそうでも、下がらない。ひとの細胞は、42度の熱で死滅しはじめる、そんな情報が頭をよぎる。自分が病院に行く力もない。救急車でも呼んで、結果入院ということにでもなれば、「すみれ」を置いていくことになる。それはできない。病気は、家で自分で治すしかない。「すみれ」も、みるからに具合が悪そうになっている。寝ている呼吸が常ではない。「すみれ、もう少し待ってくれ」そうつぶやくしかなかった。

結局何日寝込んだか、覚えていない。それでも、ようやく熱が下がりはじめる前日の夜中、ふと目覚めると、枕元に「すみれ」がちょこんと座っていて、じっとわたしを見つめていた。

「ああ、すみれ。おまえは立ち上がれるようになったのか。よかった。ぼくももう少しだからな」

ぼんやりとした頭でそう考えると、とにかく「すみれ」は動けるようになったんだということで、ちょっと安心してまた目を閉じた。

その翌朝、というかもう昼頃だったかもしれない。目が覚めて熱をはかると、39度代になっていた。まだだるくふらつくけれど、明日には動けるだろう。気分がやや明るくなって、先に元気になったはずの「すみれ」を目で探すと、「すみれ」はまた部屋のすみで丸くなっていた。具合がわるそうだ。

夜中の「すみれ」の姿は、なんだったのだろう。そんな疑問と心配で気持ちは乱れたが、「とにかく、明日になれば、すみれを病院に連れていける。絶対、いく」 そう心に決めた。

しかし、その日の夜中だった。わたしの熱が38度代までさがって、雲ではなくちゃんと床を踏む感じをとりもどしてふとんから出てきたら、「すみれ」は別の場所に移動し、そこで横倒しになって呼吸困難になっていた。体が、痙攣している。緊急事態。

わたしは、まだつきあいもなく、なんの評判もきいてないが、近所で目をつけていた動物病院へ走った。「すみれ」を連れていける状態ではない。獣医さんをひっぱってこよう。とにかく、すがりつこう。とっさのことで、事態を冷静に考えている余裕はなかった。まだ頭がぼうっとしている状態で、思考能力なんかなかった。熱がさがりきってないのに、真冬の夜中に外に出て自分は大丈夫かと思ったのは、もう走っているときだった。

忘れていたけど、もう夜中だった。獣医さんも診療を終えている。でも、病院の明かりはまだついている。わたしは、扉を叩いた。何度も叩き、ほかにブザーかなんかないかとうろついた。中からは、なんの反応もなかった。あとで知ったことだが、獣医さんはそこに住んでいるわけではなく、そのとき内部は無人で、明かりは防犯のために一晩中つけていたのだそうだ。

わたしは、すべなく家にもどった。それから何分もたたないうち、「すみれ」の呼吸がとまった。

何度も、何度も、「すみれ」の名前を呼んだ。体をゆすった。息をふきこもうともした。でも、「すみれ」はそれっきりだった。二度と動くことも息をすることもなかった。おわってしまったのだ。

引越しの騒動以来、やはり大きなストレスを受けていたのだろう。「すみれ」の体内でなにかが崩れ、病気を発動させたのかもしれない。それが目にみえる形であらわれたとき、あろうことか、わたしが寝込んでしまっていた。もう一日、わたしの発熱が遅かったら。わたしが倒れるより先に、「すみれ」を病院に連れていけていたら、あいつは助かったのだろうか。

すべては、繰言だ。

呆然だった。いまでも、呆然としたまま、といってもいい。

わたしの病気に合わせるようにして倒れ、わたしの回復と入れ替わりに逝った「すみれ」。

あの夜中、枕元でわたしを見ていた「すみれ」は、わたしに別れをつげていたのだろうか。それ以上に、わたしには、「すみれ」がわたしの病気のかたがわりをしてくれたような気さえする。

「すみれ」は死んだ。その最期にいた場所は、わたしが飾ったクリスマスの飾りの真下だった。「すみれ」の遺体の上で、オーナメントがキラキラ輝いていた。

「すみれ」は、光に包まれて天国にいった。

10年には満たなかった。それでも、密度の濃いつきあいだった。

「すみれ」、ありがとう。いまでも、おまえの大切なぬいぐるみは、わたしのそばにある。

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2007年9月14日 (金)

草はら地蔵

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お地蔵さんは、横浜市称名寺にて撮影

『アニメブログ』更新しました。でも、ちょっとです。

ネコの「すみれ」の話も、近日つづきを書きます。癒えていた傷口を開くことになるので、ちょっと、つらいけど。

「パグ絵」も描いております。ちょっと、変ですが。

抱えている仕事も、つめの段階。ちょっと疲れて、いろんなことがスピードダウンしてきてしまいました。でも、またよろしくお願いします。

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2007年9月11日 (火)

わたしの特別な書棚から-専門書紹介-(23)

動物問題関係

わたしが住むマンションは、ペット可ということになっていた。いや、いまも一応「可」なのだ。しかし、最近、エレベーターにイヌの尿があって誰も掃除に来ないということから、理事会で問題になり、ペット飼育をを禁止しようとする動きに発展した。

このマンションはもともとはペット禁止で(ただし、管理規約には記載されていない)、それでもペットを飼育するひとがいて、不況になって以来は、もうペット可にしないと新たな買い手もつかないだろうということでペット容認に転じたらしい。わたしが引っ越してきたときには、多頭飼いするお宅もあり、イヌが飼い主に抱かれることもなく、通路を堂々と往来していた。

「いくらペット可でも、マナーは守らなくては」と思っていたが、やはり問題になってしまった。

現在、理事会も事態を静観中といったところで、飼育種を登録するということにしただけで落ち着いているが、それは見かけだけでのことで、このこと以来、ペットを飼育しているひとたちが気をつかうというより、こそこそするようになり、ときどき声は聞こえても、ペットたちの姿を見ることはなくなってしまった(たまに毛布を抱えているひととすれ違うが、その毛布のなかに、イヌの耳が見えたりはした)。これでは、事態は改善されたとはいえない。ペットも飼い主も幸せとはいえないし、ペット飼育を快く思っていないかたにとっても、苦々しさを増すだけかもしれない。

近所では、まだまだイヌの排泄物があちこちに放置されている状態。リードなしの散歩も多くみかける。いろんなひとが、いろんな場で口をすっぱくしていっても、こういう状態なのだ。

このマンションでも、「いずれ、もっと積極的になんとかしなくてはならないときがくる」と思い、ここのところ、本棚にしまっていた集合住宅でのペット飼育の本を読み返していた。

そうした本を、ここでも紹介しておきたいと考える。

Book マンションで犬と暮らす―シティドッグ・マリーの物語

著者:小宮 清
販売元:草思社
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これは、著者が集合住宅で愛犬マリーと愛猫キクゾーを飼った日々の記録。集合住宅に限らず、イヌやネコを飼う心得・情報を読みやすい形で提供してくれている。

マンションで犬と暮らす幸福
Book
マンションで犬と暮らす幸福
著者   根本 寛
販売元   WAVE出版
定価(税込)   ¥ 1,575

ペット禁止の管理規約のなかったマンションで、ペット飼育禁止を強要してくる理事会と愛犬との暮らしをかけて裁判で闘った方の記録(横浜ペット裁判として有名になったようだ)。集合住宅でもペットと暮らすことができるということの大切さ、その場合の心構え・注意点、著者自身の喜びなどもつづられている。

集合住宅でペットと暮らしたい―ペットライフ、新時代 Book 集合住宅でペットと暮らしたい―ペットライフ、新時代

著者:井本 史夫
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

前半は、集合住宅だろうが一戸建だろうが、イヌやネコを飼うにあたっての基本が述べられている。常識的なことが多いが、この常識が守られていないことが、ペット問題の基礎になっているのでは。他人のことを考えない飼育は、どこに住んでいようと関係なく問題を起こしてしまうわけで、まずここがきっちり理解されていないと、集合住宅ではペット禁止という前時代的な常識も打ち破れないであろう。後半は、実際に集合住宅でペット飼育を可にしていくためのノウハウが記述されている。本の構成からしても、前半が重要である点を強調しておきたい。

マンションで犬や猫と上手に暮らす Book マンションで犬や猫と上手に暮らす

著者:金巻 とも子
販売元:新日本出版社
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これは、上記の本の著者の見解を参考にしているものだが、著者が建築士なので、建築士として最近のペット共生マンションのおかしな点、どういう室内構成がペット飼育にいいかといった、著者ならではの指摘・視点が参考になる。

ついでながら、近所に何棟もある大きな団地がある。最近たまたまその敷地中央をよぎる道を通ったとき、これまた大きな看板が目についた。イヌとネコの絵が描いてあって、その横に

「めいわくなので、わたしちは飼えません」

と記されていた。この書き方だと、イヌやネコの存在そのものが迷惑なもののようだ。もしかしたら、この看板を書いたひとは、そういう考えなのかもしれない。これに対して、いいたいことはいっぱい頭をよぎったが、この団地がそういう決まりでなりたっているのなら、「それはそれでどうぞ」といったところだろう。和を尊ぶ仏の心でみることにしよう。

でも、やっぱり、なにがどうでも、この表現は間違っている。

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2007年9月 8日 (土)

パグ絵・持国天パグ

Jikokutenpug_2

持国天は須弥山の当方を守り、治国の役目をもつ四天王の一画とのこと。

パグもいっしょに…。

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2007年9月 6日 (木)

鎌倉漂着のウシの歯について

鎌倉の海浜でウマの歯とともに、数は少ないながらウシの歯も拾えます。ときにウシの歯とウマの歯が混同される場合があるようですが、両者の形態には明確な相違がありますので、注意してみれば、見分けはつくでしょう。

               Photo_3

               Photo_4

写真は由比ヶ浜採集のウシ左側上顎第二後臼歯と思われる資料です(歯冠長28.8mm)。上が外面(前庭面)、下が同じものの咬合面で、写真サイズは不同です。

なお、鎌倉の浜で拾えるウシの骨は、椎骨では機械的に半截されていたりして(これは解体の際の背割りによるものではないでしょうか)、他の骨でもまだ骨膜が残っていたりするものが多く、比較的最近のものが主体となるのかもしれません。たまに古い感じのするものもありますが。

 

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2007年9月 4日 (火)

パグ絵・パグアミダブツ

Pugamidabutsu

南無阿弥陀仏ならぬ、パグアミダブツ

でも、ここのところ変な絵ばかり描いていたので、これは普通すぎて物足りない気がする。

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2007年9月 1日 (土)

「すみれ」との引越し

ネコの「すみれ」の話。そのつづきです。

を抱えて引越ししなければならなくなったのは、昭和から平成になって間もない頃であった。

バブル景気の末期ぐらいだったろうか。

引越し先はなによりもペット可でなければならないと考えていたが、そんな物件はまったくといってない時期で、周囲からも「探すだけむだ」といわれていた。知人でも、ペット不可でもネコを飼って、ばれてアパートを転々なんていうものが何人もいた。

それでも、引越しはネコにとっては大ストレスになる。何度も繰り返すわけにはいかない。そう思って必死に不動産屋をまわった。そうこうしているうちに、こっちの体調が崩れ、激しい胃痛に襲われ、吐き気とともにどす黒い何かを吐いたりもした。血がまじっていたのだろう。

最終的に、歩くのもつらくなった状況で入った不動産屋で、表向きはペット不可だけど、黙認してくれている物件があるときき、もうこれにすがるしかないとばかりに見にいった。

都心からは多摩川をわたった向こう側、生産緑地に囲まれた静かなところに、そのアパートはあった。すぐそばにイヌを何頭も飼っているお宅があり、アパートの周囲にはノラなのか飼い主がいるのか、ネコたちの姿がちらほら見える。アパート裏の駐車場は夜間ネコの集会所に化すといい、アパートの住人たちもネコ好きらしく、そこかしこに餌を与えた空ネコ缶が置いてある。

ちょっと無頓着すぎるところが気にもなったが、ここしかない、そう思い、私はすぐに契約をした。

そして、「すみれ」のストレスができるだけ少なくなるよう気をつかいながら、引越し準備を進めた。

ところが、引越し当日、「すみれ」はなるべく静かな部屋のすみにプランスティックのケージにいれおいたのだが、業者が組み立て式の大型タンスを運ぶ際、よりによってそのケージのそばでタンスの解体をはじめ、いままで静かに暮らしてきた「すみれ」にとっては天が砕けたような轟音をたてたうえ、同時にバランスを崩したタンスが業者のひとともどもケージに激突。ケージはゆがみ、ひっくり返り、出入り口の留め金までもがはずれた。

瞬時に「すみれ」は飛び出していく。私は、あわてて後を追った。気をつかいまくっていたのに、すべてがだいなしだった。「すみれ」は、開いていたトイレのドアから中に突入し、私がそこへ入ったときには、手洗いの三角形のくぼみにすっぽりはまるようにしてかたまり、恐怖まるだしの顔をしていた。

その後、「すみれ」はかたまったままだった。新しい部屋に移ってからも、動きだすまでは何時間もかかった。失敗だった。数日後、「すみれ」は通常にもどったように見えたけど、なにかいままでとは違ってしまったように感じられた。そして、やっぱり、心配でたまらなかった通り、この引越しを境に「すみれ」の体調が崩れていった。でも、動物はなかなか弱った姿を見せない。

「これは、ちょっとまずいぞ」とはっきりわかったとき、なんということか、「すみれ」より先に、私が倒れた。

引越しからほぼ半年がたったとき、クリスマスシーズンの真っ最中であった。

つづく

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