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2007年12月

2007年12月31日 (月)

パグ絵・ネズミ年

Photo

2008年も、よろしくお願いいたします。

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2007年12月23日 (日)

パグ絵・クリスマス

07

「あっ! サンタさんだ……かな?」

「おしい!」

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2007年12月15日 (土)

パグ絵・クリスマスを待つ

Christmaspug

「ぼく、まってるの」

「なにをだい?」

「まってるの」

「だから、なにを」

「……」

        ☆        ☆       ☆        ☆

もう何年もまえ。

父が最初の心臓手術を受けたのが、ちょうどクリスマス・イブだった。

手術は長時間にわたり、やっと終了となったときには、病院の外は夜の闇。

家族の待機所の窓からは、他の病棟の廊下や病室がみえるけど、そこももう消灯となっていた。そんななか、小児病棟のロビーだけが明るく照らし出されている。ひと気はなく、ただクリスマス・ツリーがあって、周囲には何時間か前までこどもたちが遊んでいたおもちゃが散乱している。

クリスマスでも、病院で過ごさなければならないこどもがいる。

この情景は、忘れてはならないものだと思った。

執刀医たちの説明をきいたあと、病院をあとにすることにした。

暗い廊下を出口に向かっていると、ところどころに小さな灯がついている。

そこは、公衆電話のある場所。

いくつめかの灯を通り過ぎようとしたとき、暗闇のなかで動くものがあった。

一瞬びっくりしたけど、それは、ひとだった。パジャマを着た若い女性。

ひっそりと電話をかけていたところだった。

小さな灯が彼女の顔だけを照らすと、その頬に涙がつたわっていた。しずくがひとつ、光ってみえた。

クリスマス・イブに、逢えないひとと、せめて電話で話をしていたのだろう。

この涙のひと光も、忘れられない情景となった。

周囲が光に満ちてにぎやかなほど、闇と静けさが心にしみる。

あの日から、クリスマスというと、ひととは反対のほうを向きたくなった。

へそまがりなのだろうか。

でも、明るく騒いでいるひとも、そう。

みんな、それぞれ、なにかを待っている。

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2007年12月 8日 (土)

茶太郎、保護失敗

ニャアちゃんがまだ我が家の内ネコになりきらない頃、もう一匹、道わきで弱っていた子ネコが保護されてきた。

毛色の茶が目立つので茶太郎と呼ぶことにしたのだが、この子、わが家へ連れてこられたとき、ぐったりしているうえ、瞬膜が目の半分を覆ったまま。なにかの病気にかかっている、と思われた。

すぐに病院に、行ったはずなのだが、どうもこの頃の記憶がはっきりしていない。当時の診療費領収書にちゃんと「茶太郎」の名前があったから、行ったことは間違いない。ただ、重病ではなかったのだろう。下痢の処置と、栄養をとらせるように、ぐらいの診断だったのではないかと思う。

茶太郎は、まもなく元気になったようだ。ちょっとふっくらとして、安らかに眠り、また跳んでいる写真がアルバムに残っている。そして…。

その頃、夜中から早朝にかけて出かけるニャアちゃんのために、わたしは出入り口になるベランダわきの床で転がって寝ていた。ニャアちゃんの動きに、すぐに反応できるように、と。ニャアちゃんは、網戸程度は自力で開けるが(閉めはしない)、サッシとなると自分では開け閉めできない。

そんなある早朝、寒い日だった。頭わきでネコがサッシをひっかく音がするので、目が覚めた。また、外へ行こうとするニャアちゃんだろう。てっきりそう思って、寝ぼけ状態のまま、手だけをのばしてサッシを開けた。

ネコが飛び出していく気配がする。かわりに寒気が入る。わたしはサッシを閉め、もう少し寝ようと寝返りをうった。そのときになって、やっと目がまともに開いた。視線のさきに、チャミと寝ているニャアちゃんの姿があった。と、いうことは…。

出て行ったのは、茶太郎だった。かれは、まだわが家を自分の家とは認識していないはずだ。このままだと、ノラに戻る。わたしは、あわてて茶太郎を探しに出た。

それから、一週間探し続けた。しかし、茶太郎の姿は、二度と目にできなかった。

保護、失敗だった。茶太郎は、わたしになついてくれていた。でも、チャミは、この茶太郎をそばには寄せつけなかった。なにがお気にめさなかったのかはわからない。茶太郎は、外暮らしのほうを選んだのだろう。そうなってしまったこと、自分の不注意さに、いまでも悔しい思いをしている。あれから10年以上たつ。いま、茶太郎がどこかで元気に暮らしているとは、思っていない。

Chatarou2

Chatarou1

ここで、プライベートなことも話しておかねばならない。

この頃、わたしは結婚をしていた。しかし、結婚まもないときから、妻なるひとに「わたしは、いつか離婚して、自由になる」と宣言され、わけがわからなくて悩んでいた。家にいるより外に出ていたいというひとで、それを縛ったこともなかったのだが。茶太郎のことを思うと、このかつての妻のことも重なってくる。理由はわからなくても、なにか原因は自分にあるのだろうと思った。所詮、自分には人間との交流はできないのだと、あきらめた。家出したネコは追うけど、人間は追わないたちだった。

その妻が、離婚は延期して、実家と協力して一戸建の家を買うといいだした。

一部屋提供するけど、どうする?

ときかれ、なんか屈辱的だなと思ったが、

そのほうが、ペットと暮らすにはいいんじゃない。

ともいわれ、もしかしたら我々もやりなおせるかもしれないという淡い期待とともに同意した。

ニャアちゃんも連れて行き、完全に内ネコにしようと決めた。

そして、わたしのイヌ・ネコとのつきあいは、つぎの段階にうつる。

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2007年12月 1日 (土)

スマトラトラ

上野動物園が変わったとは知りませんでした。

いまになってひとにきいたもので、行ってみたところ、

ライオン、トラ、ゴリラ舎が広くなり、クマ類の展示も新しくなっておりました。

3

Uenotora4

たしかに、ガラスごしとはいえ、トラとこういう出会いができるようになったのは、穴を掘りたくなるほど嬉しいことです。

むかし(もう大人でしてが)、近所にサルが出たと聞いたとき、瞬間的に嬉しそうな顔をしたのでしょう、家族から即座に

「サルと友達になるな!」

と釘をさされてしまい、

「なれるものなら、なりたいわい」

と思ったことがあります。

理由はなんであれ、サルでもトラでも、向こうから寄ってきてくれると幸せを感じます。

世間では、動物園不要論もありますが、動物園の役割は展示だけではなく、裏では保護、愛護、稀少動物の繁殖なども行われているわけで、動物舎の改築といったことからも、人間の動物に対する涙ぐましい努力をもっと知るべきかな、と思います。

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