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2008年3月 2日 (日)

イヌ騒動のつづき

メグについての話は、いま思い返しても、どうにも気がおさまらないことで、前回につづいて話をかいてしまおうと思う。

メグがうちにきて1週間ほどたった頃だろうか、仲介役の裏のおばさんが、えらくあわてたようすでやってきた。そして、いった。

「あのひとが、イヌを返せっていってるんだよ。ゆうべまた酔ってうちにのりこんできて、もう大騒動だったんだ。しょうがないから、話をつけるって約束したんだけど、どうか、こういうわけだから、イヌを返してやってくれないか」

あのひととは、むろんメグとハスキーの飼い主だった飲んだくれおやじだ。おやじは、わたしがメグを連れて散歩しているようすをどこからか見ていて、悔しかったのか、どうにも惜しくなってしまったようなのだが。

こういうわけも、そういうわけも、いきなりで、とてもきける話ではなかった。むしょうに腹がたったけど、すぐに、ここは冷静にならなければならないと思った。

「ともかく、そういうことなら、直接あちらと話し合いましょう。それしかないでしょう」

そういって行きかけると、おばさんはあわてて行くてをさえぎった。

「だめだよ。そんなことしたら、あんた殺されるよ。ゆうべだって、そうわめきながら、わたしのうちで大暴れしたんだ。イヌを返さないと、殺してやるって。長年のつきあいのわたしにさえああなんだ。いまじゃ一日中酔ってるひとだし、やるといったら、ほんとにやるひとなんだから」

どんなやつなんだ、と思った。以前、近所中に大声を響かせていた。どうも借金のとりたてにきた者を相手にして、「この泥棒野郎! いいかげにしないと、ただじゃすまないぞ!」と怒鳴りつけているようで、取り立てられているほうが暴力的だなと驚いたことがある。想像をこえるほど、まともなやつじゃ、なさそうだ。

「ほんとに、殺されるよ。やられるよ!」

おばさんも必死で、かさねていう。ゆうべはゆうべで、そうとうなことが起きたらしい。でも、

「まあ、いいか」、と思った。

それでも、行くしかないだろう。相手が暴れても、一方的に殺される気はないが、もし殺されても、それはそれで、この一件は近所のもめごとではなく、もっと大きな社会的な問題になる。そうなれば、死んでも、無駄死にではないだろう、と考えた。そして、やっぱり行こうとすると、おばさんは泣き顔になって叫んだ。

「冗談じゃないよ。あんたが行けば、あとでわたしがなにをされるか。あんたの問題だけじゃなく、わたしまでとんでもない目にあわされるんだ! それじゃ、こまる! お願いだから、ここはわたしにまかせて、イヌを返してやってくれよ! わたしの立場も考えて!」

足がとまってしまった。そうか、忘れていた。このおばさんまでひどい目にあわすわけにはいかない。わたしは、考えこんでしまった。その間もおばさんは、何度も「頼む」を連発し、「そのかわり、ちゃんとイヌの面倒をみるように説得するし、わたしも監視してるから」とすがりついてくるようすだった。

そして、ついに、負けてしまった。あのおやじがちゃんとイヌの世話をするかは疑問だった。でも、おばさんにそうまでいわれて、もうまかせるしかないと思ってしまった。小さくうなづいてメグを家の中から連れてくると、おばさんはもう手に古びた首輪とリードをもっていた。もともとメグがつけていたもので、カバンにいれてもってきていたのだ。

首輪をつけかえると、おばさんはメグを連れて早々にひきあげていく。わたしは、ずっとその姿を見送った。あっけないことだった。メグは、いそいそともとの家に向かっていく。うれしそうにさえ見える。

「メグ、それでも、あの飼い主がいいのか」

後姿にそうつぶやくと、一気に寂しさと無力感が襲ってきた。

その後しばらく、問題のおやじの家からは、イヌの気配は感じられなかった。頑丈な塀のせいで、中も見えない。心配していたある日の夕方、そこから「おすわり! おすわりしろ!」というおやじの声が聞こえた。ごはんタイムに、いまさらながらのしつけをしているらしい。

なにはともあれ、イヌの世話はしているらしい。散歩する姿は見えないが、ともかくイヌたちは生きているのだ。問題は解決したようには思えないが、そのことで少しだけ安心し、そしてまた、しばらくなんの声も気配もしない日がつづいた。

そして、2~3週たったときだったろうか。ほんとに、メグとハスキーはあそこにいるのか、とまたまたどうにも気になってしかたがなくなったとき、道で裏のおばさんに会った。イヌたちのことをきくと、おばさんは口ごもりもせずに、

「保健所にやっちゃったって」と答えた。

「なんですって! いつです」とつめよると、もうちょっと前のことだという。

それは、塀の向こうから「おすわり」の声をきいた、わずか数日後のことだったらしい。

保健所とは、正確には動物愛護あるいは保護、管理センターのことで、飼い主が放棄したイヌは、数日のうちには殺処分されることになってしまう。ということは、日にちを数えるまでもなく、その時点でもうメグもハスキーも生きてはいないことになる。

なんてこった!

頭のなかが、真っ白になった。

いまからでは、どうにもしようがないではないか。

おばさん、あんた請け負ったよな。監視するっていってたよな。そういいたいが、口も動かなかった。おばさんは、

「イヌならさ、わたしがまたみつけてきてあげるから」という。

「イヌがほしかったわけではありません!」

それだけいうと、わたしはその場を立ち去った。なにかが、大爆発をおこしそうだった。

メグを助けてあげられなかった。せめて、いっしょに死んであげられたらよかった。

その夜、部屋にのこされたまだ真新しいメグ用の首輪、リードなどを見ながら、ひたすら悔しさと自己嫌悪にまみれた。

あまりに短いつきあいで、写真もまだ撮ってなかった。もっと、楽しいおもいをさせてあげたかった。

抱きしめて、生きててよかったと感じてもらいたかった。

メグ、ごめん。この仇は、なにかの形できっととるから。

そう思いつつ、わたしは、いまもなお生きながらえている。爆発しそうななにかを抑えつつ。

          ※            ※

こどものころ、ほんとうに霊魂というものがあるなら、将来死んで、この不自由な肉体をぬけでたら、その瞬間から、虐待されている動物たちを助けてまわる霊になりたい、と考えた。

いいとしになって、またその「夢」を思い出した。そして、それを再び将来の「夢」ときめた。

いつ、その夢はかなうのだろうか。

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コメント

あぁ~~・・・なんてことでしょう(涙)
言葉がありません・・・。
でも、もし!霊になる時が来たら
私も、かわいそうな子達を助ける仲間に入れて下さい。

残酷な人間と命を大切にする人間はどこで違ってくるのか?
生まれてきた時はみんな同じスタートだと思うのですが。
天使のような赤ちゃんで生まれてきたはずなのに!

投稿: ひめちゃんママ | 2008年3月 3日 (月) 00時37分

さぞかし無念でしょうね、お知り合いに対して恐縮ながら、そのおばさんも結局は自分を知らないって事ですね。

分かりますよ、犬が欲しい訳じゃ無いですね、人の身勝手なエゴで命を粗末にするもんじゃ無いですね。

私も死後は理不尽な行いから動物も人間も無関係に守れる霊的存在に、と思う事があります。
それには霊と魂を一つにしないと難しい様ですね。

一般的に霊は霊としての認識ですが、霊とは残された思い(残留思念)でして死後数日は残りますがその殆どは霧散してしまいます、そして魂は霊界へと。

つまり肉体の内にある精神的存在は大まかに三層でして、霊(心・想念・思考・顕在意識か或いは表層意識=エーテル体)、魂(精神・潜在意識=アストラル体)、核(超越的無意識或いは神や仏性とも=コーザル体)。

先人が霊を霊と言わず、「霊魂」と書く或いは魂魄(こんぱく)、辞書には載ってない所以です。

と、横道失礼しました。

動物達は言葉無くともその存在が形の無い尊い何かを教えてくれてますね、時には命をとして、誠に感謝ですね。

おやすみなさいませ。

投稿: タナトス | 2008年3月 4日 (火) 22時11分

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