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2008年4月

2008年4月27日 (日)

写真整理中・トラ

トラといっても、愛猫トラではなく、ほんとのトラです。

事情があって、突然、書庫にしていた大型の物置(ちょっとした小部屋ぐらいの広さがあります)が使えなくなりそうで、先週から、その倉庫につめこんであった本などを室内に運びこんでおります。ただ、仕事部屋はすでに本であふれているし、別室もこのことで本で埋まってしまって、もう一歩もなかにはいれなくなってしまいました。

居間はもちろん、玄関にも、洗面所にも、台所まわりにも本が積み上げられ、一時は寝る場所も仕事でつかっている骨の資料・標本に占められ、かろうじてのこる隙間に、ネコのトラといっしょに寝る始末となってしまいました。

これではとても生活も仕事もできないので、多くの集めてきた本や、マンガ・絵を描くための資料・写真なども、大幅に整理・処分せざるを得なくなりました。どれも長年大事にしていたものですが、もう泣く泣くの一大決意です。

とはいえ、資料用にせっせと撮って山とある動物写真のなかには、そのまま処分するには後ろ髪がひかれるものもあります。だれがなんといおうと、自分としてはいつかなんらかの形で使おうと思ってたものなので、使わないままゴミにしてしまうことは、生きてきた道筋をも捨てるようで、ちょっと辛い。そこで、いま、そのなかからも、のこすものを選びに選んでいる日々です。

とりあえず、昔撮ったこんなトラの写真を眺めながら、整理を進めていきます。BGMは、トラの歌ではなく、谷村新司さんの「天狼」ですが。

Tora あどけない感じが、捨てきれない。

Toranikukyu 肉球だ。トラの肉球だ。

というわけで、ここのところ意気消沈気味だったのですが、我が家のネコのトラにも元気をもらいつつ、いまのなんだかゴチャゴチャになってしまった状態をきっかけにして、今後なんとかいい方向に打開してやろうと思っております。

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2008年4月20日 (日)

パグのモモをむかえに

さて、とうとうモモの登場までたどりついた。長々とここまで思い出話をつづってきたけど、そろそろ終わりが近くなった。モモについては、これまでも少し書いてきたし、これからも機会があるたびに書くことになるだろう。そこで、ここでは、モモが来たときだけのことを書こうと思う。

パグの子イヌが生れたときいてから1ヶ月過ぎたあたりから、母イヌの飼い主から頻繁に連絡がくるようになった。

いつまでも置いとけないので、すぐにでもひきとりにきてくれ。いつ、くるのか。

といった催促だった。

1ヶ月やそこいらじゃ、はやすぎる。なんでそう急ぐんだ。子イヌのことを考えてないのか。

だんだん腹がたってきた。そこで、幸四郎のことがひと段落して、子イヌも2ヶ月を過ぎたころに、ついにひきとることにした。ほんとうは、もう1ヶ月は母イヌや兄弟イヌといっしょにいるほうがいいのだけれど。こちらもこれ以上ねばっていると、その子イヌがどうなるか、ちょっと不安になってきたこともある。相手は、子イヌは自分の経営している会社においているので、いつでもいいから早くきてくれという。というわけで、ある日、その会社まででかけていった。

子パグは、ケーキをいれる箱を大きくしたような、厚紙製の箱にはいっていた。

こちらとしては、何頭かいる子イヌのなかから選ぶのだろうと思っていたのだが、ほかの子たちは生れたとたんに貰い手がついて、のこっているのは箱のなかの1頭だけだった。

この子だけがのこってしまって、どうしようかと思っていたんだ。おたくも、なかなかこないし。

そんなことをいわれたけれど、今後この相手とつきあう気もなかったので、ろくに口もきかずに箱ごと子パグをひきとり、早々に家にむかった。途中、電車のなかで、何度も箱のなかをのぞくと、そのたびに子パグは目を大きく丸くして、口を「ムッ」とむすんでこちらを見上げる。その後ずっと「グーの顔」とよぶことになる、ジャンケンのグーに似た顔つきだ。話しかけに集中するときなど、かならずこの顔になる。それが、たまらなくかわいかった。そして、たれた耳を揺らしてちょこんと首をかしげる。

何度も何度もその顔、しぐさをみていたら、家に帰り着くころには、すっかりパグのとりこになっていた。パグってのは、こんなに魅力的なイヌだったのだ。変ないいかただが、ネコはあくまでもネコだったし、幸四郎もイヌだったけれど、パグはパグという生物のような感じがした。

子パグは家のソファーの上にのせると、うしろ足をのばしておなかを出した形ですわりこむと、とたんに前足をばたつかせて遊びだした。こちらが手をだすと、その手にむかって激しくじゃれついてくる。

元気いっぱいだった。いつまでもそうして遊び、疲れると、とつぜん電池が切れたように眠ってしまった。顔をみていると、梅干かモモの種に似てる気がした。そこで、名前は「モモ」になった。「ウメボシ」じゃ、あんまりだろうと思ったのだけど、いつもこんな感じで名前をつけてしまって、これまでのどの子にも申し訳なかったかもしれない。でも、モモはこの名前を気に入ってくれたのだろう。すぐに、「モモ」のよびかけにも応えるようになった。

ネコのチャミもトラもすぐに寄ってきて、トラなどはその後すっかり仲良くなって、よく追いかけっこなどをして遊ぶようになった。年齢が近いので、兄妹のようなものだったのだろうか。ここが多頭飼いのありがたいところで、このトラがエネルギーいっぱいの子パグの面倒をみてくれたことになった。でも、寝ているとき、そばにくっついているのは、チャミだった。

ニャアちゃんは、「いてもいいけど」ぐらいの感じで、超然としていた。トラとモモがそばでうるさいと、ゆっくりと別の場所に移動していった。

幸四郎は、困った顔をしていた。モモが近寄ると「どうしたらいいかわからない」、「やだ、こいつ」とばかりに逃げていく。私が幸四郎をかまっていると、愛情をひとりじめしたい性格が強いというパグのモモが割ってはいってくる。そうすると、幸四郎は自らその場をゆずった。しかたがないので、私はモモのいないところで、幸四郎とのつきあいに精をだすことになった。2頭のイヌの関係を安定させるためには、わが家での順位は、モモのほうが上がいいと考え、以後ご飯のときもなでたりしてかまうのも、モモが先とした。幸四郎には少しかわいそうだったが、それでその後ずっと、2頭の間にトラブルはおきなかった。

モモにとっては、みんなが、母親や兄弟のかわりだった。

かくして、私と5頭の生活がはじまったわけである。ここに、子パグのころのモモの写真ものせたいところだが、どうしたわけか、いま1枚もみつからない。撮らなかったわけはないのだが、探しても探してもでてこない。どうしたことだろう。わからない。

あの頃のモモの姿は、いま、わたしの頭と心のなかにだけある。

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2008年4月13日 (日)

パグ絵・桜パグ

Sakurapug

パグの「モモ」にちなんでモモの花を描くつもりが、サクラ満開の季節になり、描いてるうちに、そのサクラも近くではすっかり葉ザクラとなってしまった。せめて、わが「モモ」だけは、いつまでも花吹雪のなかで遊んでおいで、といったところです。

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2008年4月 6日 (日)

柴犬・幸四郎(つづきのつづき)

幸四郎のこと。

幸四郎は、おとなしいイヌだった。どうも、すっかり「負け犬根性」でかたまってしまったんじゃないか、と思うほどだった。

それでも、外にでると、活動的になる。散歩では、わたしをひっぱらないように制御しつつ、リードを短くもって歩くように努めなければならなかったし、ときには走って、もっと幸四郎の元気をひきだそうともした。幸四郎もうれしそうに並んで走っていたけど、道でネコをみつけると、抑制がきかなくなった。いっきにネコめがけて駆け寄ろうとする。

そんなとき、幸四郎はすごく嬉しそうな顔をしている。ネコを襲おうとするわけではないようなのだが、たまらなく好きなのだろうか。でも、ネコにしては、迷惑だ。

うちのなかにも、3匹ネコがいる。ところが、家のなかでの幸四郎は、「借りてきたネコ」状態。最初のころ、どうしても気になったのだろう、おどおどしながら長老のニャアちゃんのそばに近づいていった。ニャアちゃんは、それに気づいて、おもむろに背中をむけた。

「ニャアゃんは、かかわるな、といってるぞ」

そう注意したが、幸四郎はなおも近づいていき、ちょっとまわりこんで顔をニャアちゃんの前にだした瞬間、ニャアちゃんのネコパンチが幸四郎の鼻先に命中した。怪我はしなかったが、幸四郎はびっくり仰天、それっきり、うちのネコたちにはちょっかいをださなくなった。

そんなこんなで、私はでかけるときは、たいがい幸四郎をつれていき、うちにいれば、幸四郎は私の横にすわっている、というで落ち着いた。

しかし、並んでテレビをみているきなど、ちょっと手を動かすと、とたんに幸四郎は顔をしかめて、首をちぢめる。手が頭に近づくと、体がかたまって、ふるえだしたりするのだ。そればかりか、ぎゅっと抱きしめられるのも嫌いで、そうされると逃げだしていく。このことは、おさまることはなかった。

「幸四郎、おまえ、なぐられてきたな。それも、おさえつけられたりして」

幸四郎は、こたえない。こたえなくても、こうした状態がぬけくなってしまっているのは、そうとうひどいことやられてきたのに違いない。手はこわいものではないよ、と教えつづけていたが、この点はついぞ治らなかった。近所のこどもが、「さらわせて」といってきても、いきなり頭からさわらないように注意していた。幸四郎は恐怖からあばれたりはしなかったが、幸四郎をこわがらせたくなかった。

幸四郎との関係は、こうして成立した。

そういえば、あとになって、いつもの獣医さんが、前にいいかけたことばのつづきをいった。

「この子、どうみても10歳をこえてるよね」と。

「やっぱり。どうも、じじくさいと思った」!

思わず、そういってしまった。裏のおばさんの顔がうかぶ。もう子イヌとはいえない。2歳ぐらいとしとかないと、引き受け手がいないだろう。おばさんは、そう考えたのだろう。それにしても、おくめんもなく、よく嘘がいえる。それが、あのおばさんのパワーなのだろう。もう、わらうしかなかった。

Jpg

ネコたちのうち、チャミだけが幸四郎のそばにいた。幸四郎も、そんなチャミを追いかけたり、鼻や手をだしたりしなかった。

チャミは、ふしぎな子だった。我が家のイヌとネコと人間をつなぐ、要のような存在だった。

ただ、とんでもなく、やんちゃだったが。その後、いきなり私の肩にとびのり、そこを動かない「肩のりネコ」にもなった。楽しい日々だった。

そこへ、やっと、パグのモモが加わることになる。

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