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2008年6月 1日 (日)

幸四郎のおとろえ

柴イヌ・幸四郎が、車に飛び乗り損ねた。

それは、ニャアちゃんの死後、しばらくたってからのことだった。

幸四郎はなによりも車が好きで、車でいっしょに行けるところには、どこにでも連れて行っていた。そして出かけるとき、荷台の扉をあけると、すぐにひらっと飛び乗るのがいつもの幸四郎だった。

ところが、その日、飛び上がりが弱くて、荷台に後肢がのせられず、体ごと地面に墜落したのだ。別にけがもなく、すぐに飛び乗りなおしたが、いつもの幸四郎ににあわないできごとに、「なにやってんだ」などといいつつ、ちょっと心配になりだした。

それから、急速に幸四郎のおとろえが目にみえだした。

車に乗り損ねることがふえ、自分でもタイミングがとりづらくなったのか、なかなか飛び乗ろうとしなくなり、抱いて乗せることが度々となった。

散歩にでても、いつも前へ行こうとするのを制御して私のすぐ横を歩かせていたのが、気づくと私のうしろからとぼとぼとついてくるだけになり、やがては「もう歩けません」とばかりに立ち止まってしまうことも多くなった。

そのうち、ゴホゴホと咳き込むようになり、ただ立っているだけでも、下半身がつらそうにプルプル震えるようにもなった。

獣医さんにみせると、やはりもう幸四郎は老犬であり、老犬ともなれば、後半身が衰えるのは普通のことらしい。ただ問題なのは、心臓肥大もおこしていることだという。重大事であり、すでにいつ死んでもおかしくない状態だったそうだ。

手当てのしようもなく、せめて薬をのませながら、いつまでもつか祈る日々となった。

体の負担になるからと、散歩も禁止となった。家のなかを動くだけとなったが、それでも車で外出するときは、抱いて車にのせ、連れていっていた。

ときどき、夜寝ようとふとんにはいると、幸四郎がよたよたと近寄ってくるので、「いっしょに寝ようか」といいつつ抱きよせようとしても、抱きしめられるのが嫌いな幸四郎は、やっぱり嫌がって頭をそむける。そんなとき、かならずパグのモモが、「そこはわたしの場所」とばかりに割り込んでくる。すると、幸四郎はあっさりと身をさげて、居間の床にしいてある専用毛布のところに戻ってひとり横になるのだった。

そんな状態でいたとき、そのころもうほとんど家に帰ってこなくなっていた妻との離婚が、とうとう本格的に決定した。そうなると、この家は妻とその実家が購入したものである以上、わたしがイヌやネコを連れて出ていかねばならない。

私は、少し時間をもらうことにして、転居先を探しだした。弱った幸四郎も含めて、ひとりと4頭が安心して暮らしていける場所を探さなくてはならない。仕事も忙しくなってきていて、そのあいまをぬってあれこれ計画をたてようとしたのだが、ことはなかなか先にすすまなかった。

そして、こんな状態が半年近くつづいたとき、とうとう幸四郎が立てなくなった。

「寝たきり」――そんなありさまになってしまった。

そこからの半年が、私の老犬介護の日々だった。

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コメント

ご無沙汰をしてしまいました。
世間一般では、ペットと呼びますが!
犬も猫も一つ屋根の下で暮らす大事な家族
今さらながらに考えてみると人間とは比べ物にならないくらい
寿命が短くて昔、田舎で放し飼いで良かった頃は飼い犬も
死が近づくと姿を隠すものも少なくなかったように思いますが
最近は病院に行くのはあたりまえ!
もちろん介護も。。。
覚悟はしていても大変ですよね
半年も介護をされたんですね m(__)m

投稿: ひめちゃんママ | 2008年6月 3日 (火) 00時36分

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