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2008年6月 8日 (日)

幸四郎の最期

後肢がまったくたたなくなった幸四郎は、寝たきり状態になった。

お気に入りだったソファーの横に専用の毛布やタオルをしき、一日中そこにいる。前肢はまだ元気らしく、上半身だけはもちあげられる。彼はそこに、中途半端な「ふせ」といったかっこうで、わたしが食事を運び、飲み水をそろえてくれるのを待って日々をすごした。

たいへんだったのは排泄で、自分で用をたしにいけないので、とりあえず朝はわたしが抱きかかえて外に連れだし、庭ですませることにしたが、問題はその後だった。

わたしは日中、仕事にいかなくてはならない。健康なときなら、排泄も私の帰宅までもつのだが、幸四郎にはもうそれは無理のようだった。がまんしきれなくなると、横になったまま「たれながし」ということになった。大のほうもそのまますることになる。そのうえ、幸四郎は動けないものの、その場で寝返りをうつように転がったりして、結局下半身が排泄物まみれになってしまうのだった。ネコたちやモモも、なんともできない。幸四郎は汚れたまま、私の帰宅を待つことになった。

わたしは帰ると、まず幸四郎を抱きかかえて風呂場に連れて行き、汚れた部分をきれいに洗い、濡れた体をかわかすと、やはり汚れた毛布やタオルをきれいなものにとりかえ、汚れものはすぐに洗濯する。これが、毎日の日課となった。

たまに帰宅が遅くなるときがあった。そんなとき、家にはいるなり「幸四郎」と声をかけると、幸四郎はうれしそうな顔をしてふりかえる。それまでに見たこともない、最高のうれしそうな表情だった。よほど私を待ちわびていたんだなと思う。

きれいになると、幸四郎は、ただひたすら静かにしていた。甘え声をだすことも、つらそうにすることもなく、ときどき咳き込むぐらいで、そばにいてやろうとしても、それがうれしいのか、うっとうしいのかわからないぐらいだった。

食欲はなくならなかったが、軟便になることが多くなった。結果、体を洗ったり、汚れものを洗濯するのがそのぶん大変になり、一日に何度も洗濯機をまわすことが多くなった。

休みの日はずっとようすを見つづけ、体をよごす前に対処しようと努めた。気をやすめられることがなくなった。とはいえ、それはちっとも苦労ではなかったけれど。もともと、仕事などしなくてもいいのなら、人づきあいもせず、外にでかけなくてもいいのなら、ずっとイヌやネコのそばにいることが、自分の幸せであったのだ。

まして、幸四郎は、なにがあったかはわからないが、きっとひとに虐待された経験をもち、横浜の町をさまようはめになった身だ。つらい日々をすごしてきたのだろう。ひとりぐらい、そんな彼のためにがんばるものがいなくては、人間なんてくそくらえなのだ。

幸四郎のたれながす排泄物は、くさいものでもきたないものでもなく、それは「生きている」証。いつまででも、洗濯の苦労ぐらいしてやるつもりだった。

そうこうしながら、わたしは、ひとりと4頭で暮らせる新居を探していた。そして、半年後、やっと不動産屋が「ペットの多頭飼いでも大丈夫ですよ」という物件をみつけた。仕事先にも近い場所であり、わたしは、もうここしかないだろうと思って、話をさきにすすめた。いっぽうでは、いろんなことの合間をぬって、引越しのための荷造りも少しずつはじめた。

そんなある日の朝、わたしが仕事に出る準備をしていると、背後のフローリングの床をカチャカチャいわせて歩く音がした。ネコはそんな音はたてない。モモの足音でもない。カチャカチャいうのは、よく、ちょっと爪がのびたときの幸四郎の足音……。

わたしは、「まさか」と思って、ふりむいた。そこには、まちがいなくたちあがって歩いている幸四郎の姿があった。元気だったときのように、居間から玄関のあいだを、いったりきたりしている。

「今日は、よほど具合がいいのか」

一瞬そう思い、わたしは笑顔すらうかべて、ともかく外出の準備をしてしまうことにした。いつもなら、このあと幸四郎の用足しをすませることになる。

そのとき、大きく、ドタッという音がした。

瞬間、「ろうそくは燃えつきるときにいちばん炎が大きくなる」という、もうあちこちで言われつくしたような言葉が頭をよぎった。「えっ! まさか!」

「幸四郎!」と叫んでかけよると、幸四郎は床に横倒しになっていた。

「こうしろう」

もう一度声をかけながら頭を抱きかかえると、幸四郎はうつろな目をうすく開いて息をはき、そのあと、「はあ」、「はあ」、「はああ」と3回大きく呼吸をした。

そして、それでおわりだった。

なんとも、あっけないことだった。

幸四郎は、死んだのだ。もう、動くことはない。

わたしは腕に力をこめて、

「幸四郎、うちにきてくれて、ありがとう」

と言ったけれど、その言葉は、彼の息のあるうちには届かなかった。

日常の時間が、とまってしまった。

数年前、2歳ぐらいの若イヌというふれこみでうちにきた幸四郎は、あっというまに実際は高齢犬ということになり、わたしの腕のなかで亡くなった。

「幸四郎、少しはしあわせだったかい」

わたしは、幸四郎にそう問いかけた。返事はない。

そして、わたしはいまでも、問いかけている。

「幸四郎、しあわせだったかい。生れてきて、よかったかい」、と。

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