« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月

2008年7月27日 (日)

『鎌倉の馬の骨』 出版決定

ここ数年がかりでまとめていた、鎌倉の漂着動物骨のうち、ウマの骨についての本が、「どうぶつ社」さんのご協力を得て、やっと出版にむけて動きだしました。

タイトルは『鎌倉の馬の骨 ――漂着動物骨を調べる――』となる予定で、採集したウマの骨を紹介し、ウシの骨と比較したウマの骨の特徴・見分け方を述べ、各地の遺跡から出土したウマの骨と計測値的比較をし、これらの骨の由来を探ろうとするものです。

目下、編集作業にはいったところで、順調にいけば、年内には刊行できる予定であります。

「こんな本だして、だれが買ってくれるんだろう」という不安はありますが、ともかく、ずっと抱えこんでいた企画のひとつが、やっとひとつ形になるということで、ちょっと肩の荷がおりた気がしております。とはいえ、まだまだ先があるので、これからもがんばらねばと思っておりますが。

実際に刊行される際には、また告知させていただきますが、興味のあるかた、ひとつよろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月20日 (日)

『パグだ!』 のまえに

もっとパグのあれこれで遊ぼうと思い、まずパグの歴史を調べようと思った。

日本初のパグの専門書だという『日本のパグ』(笹本雄一郎著 ケイニス 1978)などによれば、パグの原産地はいろいろ説があるものの、だいたい中国説が有力らしい。

ある本では、「約400年前に東洋でつくられ」と紹介され、べつの本では、「紀元前700~600年ごろにパグの先祖らしい短吻種が中国の文献に登場する」といい、またあるものでは、「紀元前400年以前から存在が確認されていて、原型となるイヌが古代中国絵画で検証できる」と述べられている。

さて、どうなのだろう。

約400年前といえば、日本ではだいたい戦国時代末期で、歴史の授業でも学んだ東インド会社によって、パグがオランダをはじめとするヨーロッパへ広められたとする時代である。

そして、紀元前600年だとか400年だとかいう時代は、日本では弥生時代にはいるかどうかという時期になる。こうした古い時代にパグの原型となるイヌが文献に登場したり、絵画で確認されたりしているというのだが、それはどの文献で、どんな絵画なのだろうか。いったい、それをだれが確認したのだろうか。本には、そこらへんの具体的なことは書かれていない。

これは確認しなければ。そう思って、ここのところわが家にある中国の古典絵画の図集などをみなおしてみたのだが、これといった絵をみつけることはできなかった。

みつけることができないとなると、これはどうしても落ち着かない。

なんとしても、調べてやる。

そう考えたのだけど、こりゃ、たいへんな作業になりそうだ。

もう一度いう。いったい誰が、いつ、どうやって確認し、検証できたというのだ。

これまでパグのことを書いた著者のかたがた、どうか教えてほしい。

ヒントだけでも。

というわけで、パグのあれこれで楽しもうと思ったとたん、もうつまづいてしまった。

あれこれ遊んで、『パグだ!』という形にまとめようと考えたのだけど、そう簡単に遊べそうもないか。ただ、いろいろ調べているだけでも、じゅうぶん遊んでいることになるのかも。

にほんブログ村 犬ブログ パグへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月13日 (日)

パグ絵・花パグ

Photo_3

にほんブログ村 犬ブログ パグへ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 6日 (日)

チャミ亡きのちに

チャミが死んだ翌年、勤務していた会社の経営が傾き、同時に妹が病にたおれ、亡くなった。

その翌年には、親しくしているひとの愛猫が、突然死してしまった。

さらにつぎの年には、このブロクの最初に書いたように、パグのモモが旅立った。

そのまた1年後(今年)、母も闘病生活にはいった。

毎年、なにかがおきてくる。自分の年齢を考えると、もうそういう時期なのだろう。

「この子たちの最期をみとるまではがんばるぞ」と思っていた5頭も、ついにトラだけになってしまった。これから、新しいイヌやネコとの出会いも、ないのかもしれない。

街にでると、飼い主さんとともに歩いているイヌたちによく出会う。そのたいがいが、楽しそうないい顔をしいてる。この子たちは、みんな幸せなのだろう。でもその一方で、ひどいめにあっている子たちもいる。

また、そうした子たちを救おうと、ほとんどボランティアで活動しているひとたちもいる。そして、里親募集などもさかんにやっているが、2度とかわいそうな子たちを出すまいと、飼育条件を厳しく審査もしている。

本屋にあふれている飼育書をみても、きびしいことがいっぱい書いてある。

そうした条件をまもろうとすることは、大事なのはいうまでもない。だけど、厳しすぎて、なにかがおいてけぼりになっている気もする。

ひとのイヌとネコとのつながりは、ルールで縛ってきたものではないはず。それをルールで縛らなければならない社会になってしまったのだといわれれば、それもそうだろう。

しかし、だれかがいっていた。「ルールの少ないのが、いい社会」、と。

ルールだらけになってしまった現代は、なんとも残念な社会としかいえないのかもしれない。

イヌやネコの飼いかたにしても、パーフェクトなどというひとは少ないだろう。どの家でも、「ほんとはこれではまずいんだけど」というところがあるんじゃないだろうか。

だけど、ペットの適正な飼養を指導する側は、そうしたマイナスポイントを指摘し、改善をもとめるにしても、あまり教条主義におちいってはならないのではないだろうか。

だいじなのは、ひととイヌ・ネコがお互いに愛情をもって暮らしているかどうかなのだろう。もちろん、他者に迷惑をかけるようなマナー違反には厳しくしなければならないが。

ペットにかかわる問題は、現代では山積してしまっている。なんとかしなければ、と思いつつ、なにからどうしていけばいいのかもよくわからない。一部のボランティアだけでできることではないし、ましてや個人では、ぜったいに無理である。

今後とも、自分でもできる極ちっぽけなことをしていくしかないのだろう。

そんなことを考えつつ、とりあえずここで私の共に暮らしてきたイヌ・ネコの話は一段落にしたいと思う。

こんな個人的な話を長いあいだ読んでくださったみなさま、ありがとうございました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »