ウマ、日本へ(5)
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『鎌倉の馬の骨』が、やっと刊行となりました。
| 鎌倉の馬の骨 漂着骨を調べる 販売元:セブンアンドワイ セブンアンドワイで詳細を確認する |
どうぶつ社刊で、代金が4500円(税別)と、自分でも驚く価格になってしまいましたが、カラー図版ページが多いので、どうしてもこれくらいになるそうです。
鎌倉の浜漂着のウマの骨を、がんばって歯の1点1点まで同定してありますので、興味あるかたは、よろしくお願いいたします。
一般の書店では、ジュンク堂や八重洲ブックセンターのような大型書店で扱ってくれているようです。
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ご要望があるかどうかわかりせんが、ニホンオオカミの根付とされるものについて一言。
根付というのは、現代でいえば、ストラップについているキャラクターやアクセサリーのようなもので、江戸時代などでは、印籠や煙草入れなどを結ぶ紐に、それがほどけないようにストッパーとして着けた自然物や細かい細工物のことです。
そして、幕末から明治にかけては、山の力ある動物にあこがれたためか、クマやニホンオオカミの下顎の先端を切断し、磨いたり孔をあけたりして根付にしたものが多くつくられたようです。
そうしたものが、やがて古物商に流れると、その過程のとこかで、「クマよりもオオカミのほうが高くつくのでは」とでも考えられたのではないでしょうか。クマの下顎骨の根付もニホンオオカミのものとして売られることになり、扱う古物商もクマとオオカミの区別がつかないまま(ついていても黙っていることもあるでしょうが)、クマもオオカミも「オオカミの根付」として売られ、間違ったまま伝わってしまうことがあるのだと思います。
そこで、クマのもとオオカミを含むイヌ科のものとの簡単な区別の仕方を、ちょっとここで紹介しておきたいと思います。
写真は、クマの下顎骨を加工した根付です。下顎を上からみた内面部で、左側が頭の先になり、顎の先だけを切断したものとなります。全体に研磨され、犬歯(牙)も大きく削られていて、左右の犬歯間には、紐を通すための孔があけられています。
歯は犬歯しかなく、あとは歯がはまっていた穴(歯槽)だけとなっていますが、ここで注意すべきなのは、犬歯のすぐ後にある第一前臼歯の歯槽の位置です。写真の資料では、犬歯の後に、第一と第二前臼歯ふたつの歯槽がのこっていますが、第一前臼歯の歯槽は犬歯とほとんど接する位置にあるのがわかります。実は、これがイヌ科の下顎骨とクマの下顎骨をみわけるポイントになるのです。
イヌ科の第一前臼歯と犬歯の間には、はっきりとした隙間があきます。これに対して、ツキノワグマでもヒグマでも、第一前臼歯と犬歯は密着してはえているのです。
よって、写真の根付も、クマのものだと判断できるわけです。
でも、オオカミのものだからよくて、クマのものだとがっかり、などということはありません。
どちらも古来より山の神ですし、こうした根付も、どちらにしても貴重な歴史資料・民俗資料であるわけです。出所が明確であればいうことはないのですが、動物と人間の関わりを調べているものにとっては、大事な標本であります。
もし、こうしたものを所有しておられるかたがいて、それがオオカミのものかクマのものか迷っていたとしたら、以上の点を参考にしていただければと思います。
以上、今回はちょっとまじめに書きました。
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ここ数年がかりでまとめていた、鎌倉の漂着動物骨のうち、ウマの骨についての本が、「どうぶつ社」さんのご協力を得て、やっと出版にむけて動きだしました。
タイトルは『鎌倉の馬の骨 ――漂着動物骨を調べる――』となる予定で、採集したウマの骨を紹介し、ウシの骨と比較したウマの骨の特徴・見分け方を述べ、各地の遺跡から出土したウマの骨と計測値的比較をし、これらの骨の由来を探ろうとするものです。
目下、編集作業にはいったところで、順調にいけば、年内には刊行できる予定であります。
「こんな本だして、だれが買ってくれるんだろう」という不安はありますが、ともかく、ずっと抱えこんでいた企画のひとつが、やっとひとつ形になるということで、ちょっと肩の荷がおりた気がしております。とはいえ、まだまだ先があるので、これからもがんばらねばと思っておりますが。
実際に刊行される際には、また告知させていただきますが、興味のあるかた、ひとつよろしくお願いいたします。
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※ ※
人間と動物がどうかかわってきたか。
動物考古学という分野では、日夜それを考えつづけています。
そして、遺跡から出土する動物たちのことを、学者だけではなくて、もっと一般のひとたちにも知ってほしい、と思うのです。
それというのも、発掘調査で得られた情報というのは、考古学者だけのものではなく、本来みんなのものだからです。
そして、そのためには、なにをどうしていったらいいのか、いま、あれこれ試行錯誤しているところです。
ここに載せたのも、そうした試みのひとつとして作ってみたものですが、できればこれをつづけて、いずれなんらかの形に発展させられたら、と考えています。
どんなものでしょうか。
遺跡からの出土品としては、お宝的なものは話題にもなり、多くのひとの知るところともなります。でも、動物の骨は、なかなかそういうあつかいはうけない。残念なことです。
動物考古学者としては、出土資料の分析件数をふやし、論文をかいて業績をあげていく、という道もあるでしょう。でも、現在の人間と動物との関係を考えるとき、歴史的にはどうだったかを把握しておくことも大事なことです。
そのために、いろいろと調べ、みなさんにも考えてもらうための情報を提供する。そうしたことに努めるのも、この世界に足をつっこんでしまったもののお役目でしょう。
ただ、自分でも、よわってしまう点があります。
それは、考古学は人間科学に属する学問であり、動物考古学者も当然人間側にたった視点でものをみるわけなのですが、わたしはどうしても、動物側にたってしまうことです。
ひとが動物をどうあつかってきたかではなく、動物がひとにどんなあつかわれかたをしてきたのか、というように。
そんなことだから、わたしは学問の世界からはみだしてしまったのかもしれません。学問という場が、息苦しくてしょうがなくなってしまうのです。どうにか自分をおさえなくてはといっても、そうなってしまうのだから、これはどうしようもありません。
でも、学問というのは、その成果を未来へとつなげていくもの。だから、今後も、わたしはわたしなりに、これからひとと動物はどうつきあっていけばいいのか、それを考えつづけていきたいと思っております。
偏らない視点を保ちつつ。
はるか縄文のむかしから、ほんの昨日までの過去、そして現在をみつめながら。
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跋扈する怨霊―祟りと鎮魂の日本史 (歴史文化ライブラリー 237) 著者:山田 雄司 |
ずいぶん前に、正確な書名は忘れてしまったが、民俗学者か言語学者が聞き取り調査をまとめた「アイヌ伝承」に関する本を読んだことがある。そのなかに、かつて、いまのように医学が発達していなかった頃、当時のひとにとって謎の死(なんらかの病気だったのだろうが)を集落のひとびとが異常な死ととらえ、集落全体が呪われたものと考えた結果、その集落を廃して別の地にそっくり移転してしまったという話があった。これを読んだとき、考えたものだ。
発掘調査で確認される縄文時代の集落跡でも、その後も同じ地で弥生、古墳時代、古代と集落が営まれたとしても(これを複合遺跡という)、ずっと代々その土地を受け継いできたわけではないだろう。たいがい、どこかで断絶がある。なぜ、そうしたことがおこるのか。それが、ほんの一時期だけの集落跡ならば、なぜ一時期だけなのだろうか。そこに住んでいたひとびとは、どうしてその集落を捨てることになったのだろうか。自然災害でもあったのなら、その痕跡は確認できるだろう。それもないとしたら、なぜ。
こうした場合、考古学者は、気候変動がそれまでの生活を維持できなくさせたためとか、異文化の進出によってそれまでの住人が追いやられたとか、そんな理由を説く。
しかし、前述のように、その土地が「呪われた」と考えての移転ならば、そうした概念の進入を認めない考古学者、歴史学者には、解答を出せないことになる。
以前にも書いたと思うが、とくに中世以前においては、ひとびとの暮らしには、霊だ、怨霊だ、神だ、といったものが、日常生活についてまわっていただろう。現在だって、だれがどんだけ否定しても、そうしたものはひとの心に残りつづけている。実際にそうしたものが存在するかどうかではなく、ひとがそうしたものを信じていたことが重要なのだ。その心性を理解することが大事なのだ。
本書の著者はもともと「心霊写真が好きで」などと「あとがき」で学者としては勇気ある告白をされているが、のちにこうした精神世界に属することを研究テーマにすると、指導教授に「学問は正道をいけ」と諭されたそうである。しかし、歴史におけるひとびとの暮らし、社会を探るには、こうしたことの研究は、大正道ではないだろうか。
本書は古代、中世の名のある人物の怨霊伝説について、さまざまな文献を通して追求している。そして、それが古代、中世社会を構成する、重大要因であったことも説かれている。
こうした研究は、もっと正道のものとして取り組まれねばならないと思うし、本書では歴史的人物を扱っているが、民衆の生活においては、もっとさまざまな話があるだろう。それをどう探っていくかはなかなか難しい問題だが、こうしたことをはなから除外していては、本書にもあるように、血の通ったひとの歴史は見えてこないだろう。
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動物学関係
イヌ
人間とイヌとの関わりについて書かれた本を何冊か紹介したいと思う。
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人イヌにあう 著者:コンラート・ローレンツ |
これは、基本中の基本となる本。のはずで、ずいぶん前に買って読んだと思うのだが、書棚のイヌ本のかたまりの中に見当たらない。書庫となっている物置(いまや中に入るのも一苦労)にあるのかもしれないが、内容を確認できなかった。でも、基本の本であることに変わりはない。
| イヌ―どのようにして人間の友になったか | |
| 著者 | J.C. マクローリン |
| 販売元 | 岩波書店 |
| 定価(税込) | ¥ 968 |
これはイヌの進化から書きおこし、オオカミとイヌとの相違点(骨格を含む)や、最初に家畜化されたイヌをどう追求するかといった問題についての所見を述べている。専門的な面では、やや強引なところもあるようだが、一説として聞いておく必要はあるかも。
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著者の専門は、日本中世史のようだ。縄文時代のイヌのことから書かれているが、記紀神話などの文献に書かれた事項や中世におけるイヌと人との関わり、江戸時代でのこと、さらには「犬の霊力・呪力・超能力」といったことにまで触れられていて、楽しい本である。
| 犬から探る古代日本人の謎―ヒトとともに生きてきたイヌの遺伝子が日本人のルーツを語る | |
| 著者 | 田名部 雄一 |
| 販売元 | PHP研究所 |
| 定価(税込) | ¥ 714 |
これは、イヌの血液から遺伝子を抽出し、その組成分析から現在の日本のイヌが世界のどの地域にいるイヌに近いかを割り出し、日本犬の起源を探るとともに、そのイヌとともに生活していたはずの原日本人のルーツをも追及しようとするもの。画期的な研究内容であるが、その結論が学問的に認められるかどうかは、まだ他の面からの検証が必要であるといったところのようだ。
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イヌの力―愛犬の能力を見直す (平凡社新書) 著者:今泉 忠明 |
これは、単にイヌの能力について書かれた本ではなく、化石人類とイヌとの出会いから、イヌの祖先はオオカミなのかという疑問への検証、日本人とイヌとの関わりなど、歴史的な面に多くのページを割いている。
日本人とイヌとの最初の出会いというものは、まだはっきりとはわからない。縄文時代の遺跡から、イヌの埋葬遺体が出土していることから、この頃にはもう人とイヌとの関係は密接なものになっていただろうと推定されるのみだ。イヌ自体の起源に関しても諸説あり、有力説はあっても、確定的ではないようだ。こんなにも親しいイヌという動物について、われわれが知っていることは、まだまだ少ないようである。
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鎌倉由比ヶ浜・材木座海岸採集のイヌ・ネコの下顎骨を、ホームページのほうにまとめました。
興味のあるかたは、どうぞそちらをご覧ください。
ネコの骨はいずれも最近のもののようですが、イヌに関しては、最近のものと、古いものなのではと思われるものがあるようにみえます。所属時期を中世にもつものもあるのかもしれませんが、具体的・確定的なことはわかりません。
いずれ、他の骨部位についても、なんらかの形でまとめたいと考えています。
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考古学関係
考古学は、「もの」を相手にする学問であり、そのため、出土遺物に関する研究は、年々細かく深くなっていく。しかしその反面、遺物をみるだけで終わっている傾向も最近強くなっている気がする。珍しい土器だ、貴重品だ、200万円はする壺だなど、それだけで「わあ、きゃあ」騒ぎ、「きみらは骨董屋か」といいたくなるときもある。遺物や遺構をひとつの資料、歴史を分析する要素のひとつとして当時の社会や人をみることが、この学問の役割なのではなかったか。
その点、ちゃんとやろうとするひとは、ちゃんとやろうとするのだ。今回は、そういう面からの本を何冊か紹介したい。
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伝説と史実のはざま―郷土史と考古学 著者:比田井 克仁 |
これは、東京中野区を舞台にした郷土伝承を考古学的情報をもちいて検証していこうとするもの。歴史というのは、どの時代にしても、こうした地域ごとにみていく視点が大切だと考えていたので、本当に歴史を読み解こうとしているひとの本として、嬉しくも先々が楽しみな一書である。
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これも、弥生土器などの遺物をひとつの要素として、当時の人の動きを考えようとするもの。
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鶴見川流域の考古学―最古の縄文土器やなぞの中世城館にいどむ 著者:坂本 彰 |
鶴見川流域という地域を限定して、その地域の歴史を考古学的情報でみていこうとするもの。旧石器から近・現代の戦争遺跡まで、イラストをまじえ、一般のひとにもわかりやすく書かれている。
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鎌倉街道伝説 10〜100歳に贈る感動と発見の「えっ! 本」シリーズ 著者:宮田 太郎 |
これは鎌倉街道にこだわっている著者が、懸命に自分で調べ上げたことをまとめたもの。専門の考古学者よりも、こうした地道な研究者の努力が、大きな歴史解明をなしとげたりするのだ。写真やイラストが多く、この街道沿いを活動することの多い自分としても、目を開かせてくれる本。
こうした地域ごとの歴史を考古学的に調べてまとめた本というのは、まだまだある。しかし、なかなか書店に並ぶことが少なく、郷土資料館とか、その地域の小さな書店に何気なく置いてあったりする。こまめに探していると、いい本にも出会えるでしょう。
(19)へつづく
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画集・図録など
ちょっと前のこと、ある発掘調査員が、いつのまにそんな調査をしていたのか、「調査したところの報告書ができたから」といって、厚めの一冊を差し出してきた。発掘調査地点は、東京墨田区の「被服廠跡地」。「ああ、この場所は」というと、相手は「なんのこと?」と応じた。その調査員は直接現場調査をしたわけではなく、指導的立場にあるひとだったが、なにも知らなかったらしい。びっくりしてしまった。歴史には、忘れてはならないとされるものがある。とはいえ、どんなことでも、時間とともに忘れられてしまうこともあるだろう。しかしながら、失われゆく歴史を読み解く考古学に従事する調査員が、知らなかったではすまされないこともある。
この調査地点は、関東大震災のとき、4万人近い犠牲者を出した場所なのだ。その場所を調査しながら、知らなかったではすまないだろう。(さすがに報告書の中の調査地点についての歴史的概要では、墨田区の教育委員会のかたが書かれたのか、ほかのどなたかなのか、関東大震災についても触れてあった。このときの調査では大震災に関連するものはなにも検出されなかったそうだが、現場担当調査員の意識がなくては、近現代のものなど攪乱ということで、早々に重機で一気に削られてしまう可能性もある。調査者が注意しなければならない点である。)
ちょうど夏休みが近づいてきた。関東大震災もそうだが、どうしてもこの時期になると、太平洋戦争のとを耳にする機会が多くなる。とくに原爆被爆のことは、決して忘れてはならない歴史のひとつである。これを忘れるひとはそういないだろうが。
そこで、今回は、こうした忘れてはならない歴史をより具体的に知る、感じとってもらうためにだされた画集・図録のいくつかを並べてみた。
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図説 関東大震災 販売元:河出書房新社 |
図説とあるが、イラストではなく、当時の写真満載で構成されている。
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写真で見る関東大震災 販売元:筑摩書房 |
これは、タイトル通りの本。文庫サイズで手ごろな値段でもある。
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あの日を忘れない―描かれた東京大空襲 著者:すみだ郷土文化資料館 |
忘れてはならない歴史としては、東京大空襲もそう。まだ、歴史とはいえないかも。体験者の絵で構成されているが、写真よりも悲惨さが生々しく伝わってくる。一枚一枚の絵が、胸に痛い。
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写真で構成されていて、文章にルビがふってあって、こどもにも読めるものになっている。こどもには衝撃的な写真もあるが、衝撃を受けることも「学び」となるだろう。編者の早乙女勝元氏には、岩波新書で『東京大空襲』という著書もあり、これはつらい聞き取り調査による執筆であり、いまや基本文献のひとつだろう。
ただ、空襲を受けたのは、東京ばかりではない。ほぼ日本全国、あっちでもこっちでも爆撃を受けている。そのことを見落としてはならない。
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原爆写真 ノーモア ヒロシマ・ナガサキ 【日英2カ国語表記】 販売元:日本図書センター |
これ写真とイラストで構成されている。わたしがこどもの頃、原爆投下25年目で出された『朝日グラフ』の特集記事でみた写真はもっとショッキングなものがあり、いまだに忘れられないものもあった。その点らすると、本書の写真は、まだ優しいものかもしれない。
| 図録原爆の絵―ヒロシマを伝える 販売元:岩波書店 |
これは体験者の描かれた画集。これが本当にあったことなのかと思うほどだが、本当にあったのだ。こんなこと、二度と繰り返してはならないとつくづく考えさせられる。
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これ有名な丸木夫妻が被爆体験を、やや観念的にまで進めて描きつづけていらっしゃる作品集。埼玉県にある丸木美術館は最近経営的に苦しんでいるときく。こういう仕事を潰してはならない。できるだけ多くのひとに行って欲しいし、絵もみて欲しい。ちなみに、丸木氏のお母様の絵も、一味ちがった画風・主題で、味わいがある。
ちなみに、昨今「原爆投下はしょうがない」といった大臣がいたが、大人社会の大義名分(いいわけ)なんぞ、そう簡単に信じられない。原爆投下に関しては、以下のような研究書もある。これを信じるかどうかは個人個人だろうが、偏らない冷静な判断をくだすには、とにかくいろんな意見をきき、中道の視点をもつことが必要だろう。
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原爆を投下するまで日本を降伏させるな――トルーマンとバーンズの陰謀 著者:鳥居 民 |
さらに、以下の本は、関東大震災の被災の陰に隠れてしまっている感のある事件。都合のわるいことに蓋をしてしまわないよう、こういった本にも目を通すようにしている。
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関東大震災と朝鮮人虐殺―80年後の徹底検証 著者:山岸 秀 |
(18)へつづく
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考古学・歴史学関係
歴史をテーマに絵を描こうとすると、当時の人々の身分による服装、髪形、履物など小道具、町並みなどの景観といったさまざまなことが問題になる。テレビの時代劇でも時代考証の専門家がついているようだが、実際に作品をみていると、器やら言葉づかいなど、厳密なものではなく、あえて現代ものを取り入れているものもある。絵もあまりこだわりすぎては描けなくなってしまうのだが、一応いろいろと調べるわけである。そんなとき役立つのが、当時の絵画資料なのだが、これもいくらあっても足りない。使えそうな本をみると集めてまうわけだが、そんななかから、今回は江戸ものを数冊紹介しよう。
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ビジュアル・ワイド江戸時代館 著者:竹内 誠 |
江戸時代の社会、生活、風俗、景観などを集大成したオールカラーの図鑑本。高価で分厚い本だが、項目数が多いため、より詳しく知りたいひとには各項目にもっと深さが欲しくなるかも。その場合は、各項目における専門書を探すことになる。
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ビジュアルNippon 江戸時代 販売元:小学館 |
上記の本に似ていて値段も手ごろだが、そのダイジェスト版というわけではなく、こっちは当時の絵画資料の掲載に主体をおいたもの。これを先に買ってしまうと、上記の本も欲しくなるかも。
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大江戸ものしり図鑑―ひと目で八百八町の暮らしがわかる 著者:花咲 一男 |
これは、風俗的なことを調べるにはいい。絵画資料も豊富に入れてあるが、版の大きさのためがんばっているにしても各絵が小さめで、モノクロ主体。江戸を知るための資料としては、やはりもっておくべき本だろう。
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オールカラーで大名と旗本の暮らしをイラストで説明したもの。絵を描くにも役立つ資料のひとつ。
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上記の本におけるシリーズの1冊。これは町人の暮らしにスポットをあてている。このシリーズには将軍の暮らしにスポットをあてたものもある。
食器などの小道具類を絵に描く場合は、個々の器物についてまとめた本をみるのがいいが、こうした本についても、いずれ紹介したいと思う。
(16)へつづく
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先日、調べごとがあって横浜の根岸にある「馬の博物館」に伺った際、なにくれと便宜をはからってくださった学芸員のかたから、「由比ヶ浜でウマの歯を拾ったのですが、いつごろのものですか」という問い合わせをいただくのだけど、という話をおききしました。
そこで、わたしの立場からひとこと。
日本のウマは江戸時代までは、在来馬という中・小型馬でありまして、知っているひとは知っていることですが、時代劇で暴れん坊将軍がサラブレッドに乗っているようなことはあり得ませんでした。
鎌倉の由比ヶ浜や材木座海岸はよく馬歯が拾えるところで、わたしも集めてサイズを調べてみましたが、いずれもが遺跡から出土するような在来馬に等しい大きさでした。付近にウマの遺体が出土する中世遺跡が広がっていることもあり、こうしたことからすると、ここで拾える馬歯も、中世遺跡から流出した可能性の高いものではないかと思われます。
ただ、漂着物では考古資料にはなり得ず、時代も特定することはできません。サイズが在来馬に相当するなら、せいぜい近世(江戸)以前と考えておくべきでしょう。
また、この海岸からは数は少ないながら、大型のウマの骨も拾えたりするので、そうしたものは近代以降ウマを大型化させていった後のもの、あるいは現代のサラブレッドのような大型馬のものと考えられるため、ここで拾えるすべてのウマが近世以前のものとも断定できません。まずは、拾った歯がウマの歯列のうちのどの歯かを同定し、サイズを調べてみることが肝要かと思います。
さらに、由比ヶ浜、材木座で拾えるものは黒ずんでいて古くみえますが、鎌倉の水質は鉄分が多いといわれており、黒ずみもそうしたものの影響を受けているのではないかと思います。最近のものと思われる鳥骨なども、かなり黒くなっていたりします。もっとも、こうしたものは乾燥すると黒ずみが消えたりしますが。
以上、ざっとですが、鎌倉採集の馬歯についての情報を求めているかたのために、ここに簡単に述べさせてもらいました。
実は、現在、近々ウマの歯や骨についての本を出そうとあくせく原稿を作成しているところで、そのなかで馬歯のサイズについてもふれるつもりでいるので、刊行なったあかつきには、参考にしていただけたらと思います。
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